
*以下は研修用テキストからの抜粋です。
人間に限らず、自然界の動植物は生存の為に最適な身体と行動の自由を常に維持しようとしている。
それは生存競争を生き抜く為に不可欠の要件である。
その為に体内で必要なものを発達させ、不必要なものは即座に回収し、必要とする部分へ振り向けるようにしているのである。
これは常に自分自身の持つ全ての能力を必要なところへ投入するという戦いの原則に則っているのである。
そして、これこそが環境適応の根源的活力である。
この世界、この世は適者生存の原則で初めて成立しうるのである。
生存の為に知恵を使うもの、力を使うもの、速さや、空を飛ぶ事や、水中に活路を求めるもの、土中や密林や林や川の中、池の中、湖の中、あらゆる所に生存の可能性を求めて、もてる力を最高限度発揮する事を求められている。
競争や戦いと言うと忌み嫌う平和主義者がいるが、その人は他の生物の命を奪って生きていることを全く考えてもいないのである。
上記1.の反対表現であると同時に、動作転位の理論的根拠を表現した原理条項である。
動作転位の発見からこの原理に思い至った。
不自然な動きを阻止する事は、身体に自然な動きをさせるということである。
筋肉は緊張して、牽引する能力しかない。
組織が柔軟な構造になっているので、押す力はないのである。
これは同時に筋肉自身は弛緩する事ができない事を意味する。
そこで、身体にはこれに対応する拮抗筋が必ず存在する。
腕を屈曲する動作を考えると、腕を曲げる時は内側の筋肉が緊張し、腕を曲げる。
この時に外側の筋肉は牽引され弛緩する。
即ち伸びるのである。
この両者が拮抗筋である。
反対に腕を伸ばすときは外側の筋が緊張して牽引し、内側の筋は牽引されて伸びるのである。
身体を反らせる為には腹腔内が拡張していなければならない。
その為には肺に空気が一杯入っている必要がある。
これは自分で両手を挙上してみるとすぐに判る。
両手首を回内して上げるであろう。
本文省略
身体は静止状態から動かしたときに、屈曲したか、反らしたかを判断する。
本文省略
手法は動きのある状態では脳に対する決定的環境にはならない。
安心できないからである。
瞬時触定の原理である。
全ての環境に対し、安全だという前提で行動すれば、命は幾つあっても足りない事になる。
獅子はウサギ相手にも全力を尽くすという例えがある。
獅子だけではなく、野生の動物は戦いにおいて、相手を侮る事はしない。
相手が弱くても、無用な戦いは避けるのが常である。
これは生き残るための大原則である。
身体は常に外部の環境に対して、休みなく反応し続けている。
ほんのわずかの気温や気圧、湿度などにも、意識の脳では感じ得ない微細な変化を関知し、対応(順応)しているが、その為の原則は全ての環境は危険であるという前提に立っているのである。
身体の歪みの根源は一体何であろうか?なぜ起こるのであろうか?
これを考える前に、幼児の頃を思い出してもらいたい。
両手足を動かすことから始まり、寝返りを打てるようになり、ハイハイをして、四つ這いができるようになり、伝え歩きをし、よちよち歩きができるようになり、そして両足で立って歩行ができるようになるのである。
これら一連の動作は毎日の反復訓練で初めて可能となる。
そして、身体の脳が自身の身体をどう動かすかを覚え、心の意識の命令に基づき、あらゆる運動動作が可能になるのである。
これが学習効果であり、運動も武道もあらゆる動作が無意識的にできるようになる。
身体の脳は必要であれば、自らの身体を自在に改造する能力を持っている。それが、適応力の源なのである。
しかし、それは適応であって進化ではない。
何故なら、「進化は退化と一体のものであるからである。」
身体の意志は自らの身体を常に健全に保ち、生存しようとすることに全精力を傾けているのである。
これは生命体の根源的意志であり、使命である。
この為、心の脳、心の意志がこれにそぐわない命令を下しても、従わないことがあるのである。
緊急を要する場合の身体の反応をより早く行うために、脳への報告と脳からの命令を待てない場合のために、脊髄反射がある。
情動である。
人間は不安を感じると心臓の鼓動は速まり、呼吸も早くなる。このような場合、人間は心の脳の意志とは関係なく、五感で感じて不安になる場合や、それ以外の理由のない不安を感じる時があるが、これは、感覚がそのまま身体の脳に直結して、その反応を引き出しているのである。
一般には、自分の身体は自分が一番良く知っているなどと言うように、あたかも自分自身が身体の全てを知っていて、支配しているように思っているが、実際は何もしていないし、何も知ってはいない事を知らないのである。
早さに恐怖を感じるのは、相手が自分の動きより早いと、その相手から逃れられないと感じるからである。
前項に関連して、相手の動きに対して恐怖を感じる時の早さの基準は自分の動ける早さである。
身体の脳は、環境に適応するために動物も人間も季節変化、一日の気温などの変化、地域による寒暖の差などを記憶し、それに対応しようとしている。
身体の脳は環境から身を守るために、最後の手段として身体を固くして対応する。
これは完全防御の態勢である。
第3条で述べたように、筋肉は牽引されると条件反射として弛緩するようになっているが、この条件反射をも制限してしまうことがある。
季節と体調の関係は冷え性のことでも説明したが、絶対温度が同じであっても、季節により、感じる温度(体感温度)は全く違う。
人間のような定温動物にとって、寒さは生命を維持するためには、厳しい危険な環境である。
しかし、暑さはそれほど問題にはならないのである。
筋肉が緊張している時に牽引すると十分に伸びきらずに、逆に緊張が起きる事がある。
この時発生する痛みが緊張痛である。
身体の脳は新しい環境に対応する際に、最初は全て敵又は危険なものとして、対処することは既に述べたが、一旦その判断ができた時には緩やかで優しい接触にはその部分を弛緩させて受け入れ、強い刺激、環境には危険を感じて、身を守るために筋肉を緊張させ反発する。
ある一定の姿勢を長時間続けると、椎間板はその姿勢のままになり、固定化されてにわかには動きにくい状態になる。
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痛みは身体を護るための危険警報であり、痛みを感じるからこそ、それから逃れようとして結果として身を護る事ができるのである。
痛みを感じなければ、危険を察知できず、結果として生命を全うできない。
また、一方で痛みは身体を修復するための合図でもある。
痛みは危険警報であることは上記で述べた。
このことは痛い方向へ動かすことは身体にとって危険であると言うことである。
武道における関節技は可動の限度を超えて行動の自由を奪い、相手を打ち負かす目的の技である。
人体の恒常性(ホメオスターシス)である。
人体の恒常性(ホメオスターシス)である。
細胞は常に再生(治る)されている。
だから全ての生き物は生きている。
過去から今まで、生きてきた人間は、薬も特別の栄養素や多種類の食べ物を食べずに生きてきているのである。
昔は皆偏食であった。
自然界は現前の環境に適応した者だけが生き残るようになっている。
これは「進化」ではなく、「適応」である。
「損屈」とは強組織(皮膚、筋肉、骨格)に挟まれた軟組織が疲労を起こして、細胞の形を損じ、変形して潰れた状態になった事と定義する。
「内傷」とは体内の傷、剥離と定義する。
例を挙げれば、靱帯組織の剥離がある。
このような事を書くと現代医学の信奉者の大方の叱声を買うであろうが、これは事実である。
現代医学で言う、内臓反射は原因と結果を全く逆に捉えている。
背部の筋群の緊張は交感神経の緊張で起こる。
そして、交感神経の緊張は副交感神経の休止と表裏一体である。
この事は現代医学の常識である。
例えば、虫歯の痛みも治療によって数分以内に治る。
歯科医で言われている様に虫歯菌が神経を刺激して痛みが発生するのではない。
だから自然形体の治療によって痛みはその場で消失し、鎮痛剤を服用して痛みを止めた場合と違い、数日以上は痛みは再発しない。
胃の痛みもそうである。
胃が痛い時は胃が収縮した状態を感じることができる。
胃腸も筋肉でできているので、収縮(緊張)した時に痛みが発生する事は誰でも経験した事があるであろう。
筋肉が張る、吊る等の事も同様に筋肉の緊張状態なのである。
また拡張、膨満、萎縮も緊張の一種である。
癌が痛くないのは癌それ自体は他の組織や臓器に緊張をもたらす者ではないからである。
癌は単に存在し、増殖するだけで、その増大によってせいぜい他の臓器を圧迫するだけで、その影響は脂肪よりも遥かに軽微である。
ところが、一般には癌の闘病生活は凄絶な痛みと苦しみが伴うとして、最も恐れられているのが、現状である。
本来、痛みを発生しない癌が、全く逆に激しい痛みで苦しむ病気として考えられている。
このような大きな誤解は一体、何処から来るのであろうか?その原因を以下に於いて記述する。
平成20年7月12日
自然形体療法総本部 創始者・山田洋